Language
よみもの
世界に広がる日本酒の背景にあるもの
第9話

世界に広がる日本酒の背景にあるもの

日本国内のアルコールを飲む人のなかで日本酒を飲む人はとうとう10%を切り、9%とも7%ともいわれています。では日本酒は飲むに値しない劣ったアルコール飲料なのでしょうか? いいえ、むしろ日本酒はこれからの時代の飲み物、世界的に見ても優れたアルコール飲料なのであります。

日本食とともに広がる日本酒

最大の日本酒輸出国であるアメリカ合衆国への日本酒輸出量はここ数年毎年20%前後の伸長を見せており、台湾、香港、ロシア、ヨーロッパ諸国でも軒並み輸出量が増加しています。
健康・安全・おいしいをキーワードにした日本食への信頼は世界に広がり、寿司の普及をはじめ、「あんこ」や「寒天」がヨーロッパのパティシエに研究されていたり、今まで海外では認められなかった霜降り牛がやはりおいしいとアメリカのコンテストで「信州牛」が1位になったり、ミシュランガイド東京では1都市としては世界で最も多くの星を獲得したりと留まるところを知りません。

日本酒もこれら日本食の再評価や普及に伴って、その食文化のなかに最もマッチする伝統的かつ斬新でオシャレなアルコール飲料として、(日本人がフレンチやイタリアンといっしょにワインを楽しむように)自然に普及していっているというのが現状で、その広がり方はおそらく一過性のものではなく相当根の張ったものだと思っています。

私は過去にニュージーランド、オーストラリア、スイス、フランス、台湾などの海外経験しかありませんが、海外に行くとその度に日本食が恋しくなり、最初のうちは日本人だから小さい頃から経験してきたものが良いと思うのかなと思ってきました。
しかし、どうもそれだけではなく、最近ではもともと日本の食文化というか、それに伴う日本人の味覚自体が世界的に優れているのだと思うようになってきました。

海外で感じる日本食の力

たとえば、「ステーキ」。
日本人は寿司に代表されるようにもともと鮮度管理が重要な魚を食する民族のため、食材の鮮度管理と素材の生かし方はおそらく世界でも一流レベルです。海外で香辛料や味の強いソースでよく焼いた肉を食べるのに比較し、レアでやわらかい肉を臭みのない形で食べさせ、しかも醤油やポン酢をベースにしたシンプルなソースで牛肉の味わいを殺さずに食べさせる形があるというのはすばらしいオリジナリティであるとともに、ある一方向では世界で最高の牛肉の食べ方かもしれません。
「ソイソース」の名ですでに世界に普及している「醤油」は、実は海外のステーキソースの欠かせない隠し味になっているとも聞きます。

また、15年程前ですが、ヨーロッパのアルハンブラ宮殿の近くの三ツ星レストランで食べた「鮭の香草焼き」。
このレストランは当時「ヌーベル・キュイジーヌ」とか言われていた流派のレストランのひとつ。「ヌーベル・キュイジーヌ」とはどうやらあまりソースや油を使わない新しいフレンチの流派のことだったようです。
「鮭の香草焼き」はコース料理のなかのひとつでしたが、どうみてもどう味わっても上等な「鮭の塩焼き」。しいて言えば「香草」と軽くかかっていた「オイル」が演出ですが、新鮮な鮭の風味をやや消している感じにも受け取れました。「塩だけで焼いてほしかったな~」と正直思いました。

そして台湾で食べた八角の強く効いたタイ米の「チャーハン」。それが東南アジアの味の感覚とも受け取れますが、私には横浜の中華街で食べるチャーハンの方が単純に美味しい。聞けば中国・香港などの中華の名料理人はみんな「うちの食材はすべて日本製です」と自慢して言うそうです。よく「中国の方はタイ米のぱさぱさしたご飯でチャーハンを作るのが本場なんだ」と言われますが、はたして本当に品質として優れているのはどちらか、なぜ横浜の中華街のチャーハンは本場に従いタイ米でチャーハンを作らないのか考えてしまいます。

食べ物の味の評価というのはとても主観的な要素が絡みます。「好み」と「品質」の区別は難しいですし、一概には私の感覚が正しいとは言いませんが、経験のなかでは直感的に「好み」のレベルではなく日本の食は「品質」が高いと思っています。

生牡蠣に合うお酒は…?

たまにワイングラスで日本酒をいただくことがあります。
グラスのなかの日本酒は、ワインと比べ非常にクリアで淡白な色あいで、とてもピュアでシンプルなイメージが頭のなかに広がります。
飲むと麹由来の複雑な香りと味わいが、見た目のイメージと同じように控えめに口のなかに広がり、とくに素材の味わいを感じるような料理を食べた後に飲むと、その料理の味わいを中和し昇華させるような効果が生まれます。
米からなぜこのような香味の醸造酒を生み出すことができるのか、なぜ飲むと刺身や焼魚のくせがきれいに消されてゆくのか、海外の方も日本酒を飲んでいる時にはこんなことを考えながら楽しんで飲んでいるのではないでしょうか。

日本酒が海外に受け入れられているのはそんなに難しい理由ではなく、日本食がおいしいということと一緒に、日本酒も単純においしい・面白いといったところから受け入れられているのだと思います。
もう10年以上も前ですが、ヨーロッパのソムリエが口をそろえて言っていたということを思い出します。

「生牡蠣にはシャブリより日本酒が合う」

日本人にはあたりまえの味覚が実は世界では最先端の味覚であり、今まさにそれが世界に広がりつつあるのです。

(社長 田中隆太)